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横浜地方裁判所 昭和38年(ヨ)659号 決定 1964年4月27日

申請人 市川久夫

被申請人 日本食塩製造株式会社

主文

申請人が、被申請人に対して提起する雇傭契約存在確認および賃銀請求の本案判決確定にいたるまで

一、申請人が被申請人の従業員たる地位にあることを仮りに定める。

二、被申請人は申請人に対し昭和三八年八月以降毎月二〇日限り金一八、一七八円ずつを支払え。

三、申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

当事者間に争いない事実および双方提出の疏明資料により当裁判所の認める事実関係およびこれに基づく判断は次のとおりである。

第一本件紛争の要旨

(一)  申請人を解雇するにいたるまでの経緯

被申請人(以下会社という。)は肩書地に本社ならびに工場を有し、食卓塩等の製造販売を目的とし、従業員約三八〇名を有する資本金五千万円の株式会社であり、申請人は昭和三六年一月一七日会社に入社し、同年九月同社の従業員を以て組織する化学産業労働組合同盟日本食塩支部(以下組合という。)の組合員となり、昭和三七年六月右組合の執行委員となつたものであるが、

(R・H・C導入による紛争)

会社と組合との間には労働協約が締結され、昭和三五年四月一四日労使の協力関係(合理化、生産意欲の向上、能率の増進)については会社側委員、組合側委員を以て組織する工場委員会で事前に協議する旨、更に、同三七年一月一二日労働条件に変更を生ずる配置転換については労使協議の上決定する旨の各覚書が交わされていたところ、会社は、生産数量の増加に対応するため、同工場の一キログラム入精製塩包装室に古川式回転型ヒートシール機(略称R・H・C)という新機械を導入することとし、同三八年一月二四日頃これを据付けて運転を開始するに至つた。組合は、これに対し前記覚書を根拠とし、労働条件に関係があるものとして事前協議を求めたが、会社は従業員の配置転換を生じないのみか、従来両手両足を使用してシールしていた作業がR・H・Cの導入によつて両手のみの使用で事足りるので何ら労働条件に変更を来たすものでないとして事前協議に応ぜず、一方的実施に移つた。組合はこれを不満とし、同三八年二月二五日、当時実施予定の春期闘争の一環として、この問題の解決にあたることとし、その頃連日組合指導のもとに職場集会を開き、同年三月二日、会社が事前協議に応ずるまで三月四日から会社との一切の協力関係を解き、始業前の職場討議を行うことにより安全出勤と称する職場放棄を実施することを決定し、右方針に基づき、同月四日から一三日にいたるまで日曜日を除く九日間、一キログラム職場の女子作業員二三名は、毎朝定刻九時までに作業開始の態勢に入つていなければならないのに、始業前組合事務所前で職場討議を行ない、そのため離れた場所にある作業につくのに一〇分ないし一三分の遅滞を生じさせ、作業を怠つて会社に圧力をかけ、その間、昼休には連日の様に職場討議を続け、三月一五日には五〇〇グラム職場の女子作業員三〇名を会社に無届で倉庫生産作業場に集め、同日一二時一五分ごろから五〇分ごろまで前同様の安全出勤の実施方針等を説明するための集会を開き、申請人も中村組合書記長の指示に基づきこれらに参加し、さらに同月一六日右五〇〇グラム職場女子作業員三六名が始業前職場討議を行ない、申請人もこれに参加してそのため約一二分作業につくことを怠つて会社に圧力をかけ、他方、その頃組合執行委員会においてはスト権確立のための討議を続けていたところ、同日会社と組合との団体交渉により三月一九日工場委員会において事前協議を行うことになつたため、組合は一応前記安全出勤等の闘争方法を打切ることとした。

(夏季一時金要求に伴なう紛争)

組合は夏季一時金支給問題に関し、昭和三八年六月二七日午後三時五分から無期限ストに突入し、同年七月一日午後五時までこれを続行したが、同年六月三〇日午後一時二〇分ごろ会社専務取締役萩原虎雄は、組合執行委員長高橋義男と争議の解決をはかるため会談することとなり、工場正門に到着したところ、申請人は組合員約二〇名を指揮してピケを張つており、その際約一〇分位「氏名をなのれ」「身分証明書を見せろ」「車から降りろ」等と繰り返し同人の入門を阻止した。

(二)  会社の主張する解雇理由等

会社は、前記紛争に伴なう組合の役員および組合員の責任を問い、昭和三八年七月二九日右組合執行委員長高橋義男、同調査部長木村基を出勤停止七日間に、青年部副部長柴崎陽子および青年部幹事等四名を出勤停止三日間に、その他組合員五四名を減給或いはけん責処分にする等の大量懲戒処分を行なうと共に、同日、申請人を(1)前記昭和三八年三月四日から一三日までおよび同月一六日女子作業員が始業に際し作業を怠つたことを申請人がそそのかした職場放棄であるとし、これは、就業規則六六条九号六五条三号後段六号に、(2)また、三月一五日申請人が主催して職場放棄させるため前記無届集会をしたとし、これは、同規則六六条九号六五条四号に、(3)六月三〇日前記の如く専務取締役の入門を妨害した点は、同規則六六条九号一一号六五条三号後段に各該当し、(4)さらに、申請人が会社へ入社するに際し前勤務先たる富田鉄工所の入社年月日は、昭和三三年三月二七日であるのにこれを秘匿し、同三三年四月と虚偽の届出をなし、また、同所より退社を要求されていた事実を秘匿し会社に採用されたのは、同規則六六条四号に該当するとして懲戒解職処分に付したものである。

第二当裁判所の判断

(一)  被保全権利の存否

(1)  先ず、会社の主張する解雇理由の当否につき、逐次考えてみるに

(イ) 職場放棄の点については、前記認定のとおり、女子作業員は組合の指令に基づき安全出勤の名のもとに朝の就業前職場集会に参加し、ことさら約一〇分ぐらい就労を怠つたものであり、これらはいずれもR・H・C導入に伴う労働条件に関し事前協議確保の要求貫徹のためなした組合の一貫した争議行為と目される。会社は組合と関係なく申請人がそそのかしたものというが、その提出した疏明によつてはこれを認めるに足りない。また、会社は、右行為が仮りに組合の争議行為であるにせよ、会社と組合間には労働協約で争議予告義務が規定せられているので何らその予告がない以上右争議行為は違法であると主張するが、争議行為の予告義務は争議権の行使自体を制限するものでなく、たとい、これに違反しても直ちに違法とはならず、かかる争議行為が協約に違反する点において組合に債務不履行の責任を生ずることがあつても、争議行為自体が民刑の免責を失うものでないからその主張は失当であり、右理由をもつてなす解雇は結局組合活動を理由としてなした不当労働行為にあたるというべく許さるべきでない。

(ロ) 次に、無届集会の点であるが、前記三月一五日の集会は会社に対し無届でなされたものであり、労働協約中の組合活動一〇条によれば組合活動のため会社の諸施設を利用する場合は事前に会社の許可を要する定めであることが認められるが、右は施設の管理権を有する会社の当然の権利を定めたのに止まり、管理権侵害の名のもとに不当に組合活動を抑制してはならないこともいうまでもないことであつて、会社がそのころ右集会に使用した倉庫生産作業場を使用する必要があつたとか、特に管理上拒否すべき特別事情が存したとか、或いは、組合が使用したがために特に損害が発生したとかの事情が何ら疏明がない本件においては無届集会の違法性は極めて軽微で、解雇に価する行為とは到底認められない。

(ハ) さらに、入門妨害の点についてみるに、ストライキ中といえども、会社の首脳である専務取締役に対しピケを張り入門を阻害することは許されないことは明白であるが、右妨害も極めて短時間に終り、暴力行為を伴つたというのでもなく間もなく到着した高橋執行委員長の指示により素直に入門に応じた経緯が認められるのでこの入門妨害の点をとらえて解雇事由となすことは適当でない。

(ニ) なお、経歴詐称の点であるが、かかる入社年月日に関する三、四日の相違を理由として解雇事由となすことは、就業規則六六条四号に身許履歴の重要な事項について虚偽の届出をなしたとき懲戒解職事由となると規定しているところからするも不当なること明白であり、また、会社は申請人が前勤務先たる富岡鉄工所より退社を要求されていた事情を秘匿し会社へ就職したのも履歴について虚偽の届出をなしたものと主張するが、前勤務先において如何なる具体的な非難さるべき非行があつたかについて何ら疏明がないので履歴の重要な事項に該当するかどうか判断するに由なくこれまた採用できない。

(2)  右のとおり(1)の(ロ)(ハ)について申請人の行為に違法を認められないではないが、これを個別に解雇理由となすに足らないし、さらにそれらを綜合して考えても、従業員にとつて死刑の宣告にも比すべき最も過酷な処分である懲戒解雇に価するものとは到底認められない。組合の闘争につき申請人よりもつと指導的地位にあつた組合委員長の懲戒処分が遙かに軽いのに較べると、前記の如き軽微な事由を羅列して申請人のみを独り最も重き懲戒解職処分にふしたのは、会社側に何らか他の不当な目的を達成するためにせんとする意図があるものと推測するのほかはない。

(3)  従つて、会社の主張する懲戒解雇は結局理由なきに帰し、解雇権の濫用として無効であり、申請人は、依然雇傭契約上の地位を有するものと認められる。

(二)  保全の必要性

申請人は、解雇処分に付せられる以前の三カ月間、平均一カ月約金一八、一七八円の賃金を支給せられていたものであるが、解雇処分後はこれを受領することができず、他に収入の道はなく、また会社の寮より立退を要求され、辛うじて占有妨害禁止の仮処分を得て住居を確保したものの、会社の食堂からは閉め出され、浴場の使用も禁止されている状態にあることが認められる。従つて、雇傭契約上の地位の暫定的確定および賃金の仮払を求める緊急の必要があるこというまでもない。

結論第三

以上見てきたように、申請人の本件申請は理由があるので正当として認容することとし、申請費用の負担につき民訴法第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 森文治 田口邦治 井野場秀臣)

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